mTORとは — 筋タンパク質合成を起動するシグナル経路

mTOR(mechanistic target of rapamycin)は細胞の成長・タンパク質合成・代謝を制御するセリン/スレオニンキナーゼ。特にmTORC1複合体の活性化とロイシン・インスリン・レジスタンス運動との関連、および筋タンパク質合成との関係を科学的に整理する。

  • mTOR
  • mTORC1
  • mTORC2
  • 筋タンパク質合成
  • MPS
  • ロイシン
  • レジスタンス運動
  • 同化抵抗性
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mTOR(mechanistic target of rapamycin)は、細胞の成長・タンパク質合成・代謝を統合的に制御する中心的なセリン/スレオニンキナーゼである。特にmTORC1複合体は、ロイシンなどのアミノ酸・インスリン・レジスタンス運動の刺激を受けて筋タンパク質合成(MPS: muscle protein synthesis)を活性化することが、複数の研究で観察されている(Saxton & Sabatini, 2017, Cell)。mTORには機能・構成因子・ラパマイシン感受性の異なる2つの複合体(mTORC1とmTORC2)が存在する。

mTORとは何か

mTOR(mechanistic target of rapamycin)は、ヒトの全細胞に発現するセリン/スレオニンキナーゼであり、アミノ酸・成長因子・エネルギー状態などの細胞内外の栄養シグナルを統合して、タンパク質合成・細胞成長・オートファジーを制御する。Saxton & Sabatini (2017) のレビュー(Cell 168(6):960-976)は、mTORが成長・代謝・栄養応答の中心的な調節因子であることを包括的にまとめている。

mTORという名称は、免疫抑制剤ラパマイシン(rapamycin)の標的として発見されたことに由来する。名称の由来であるラパマイシンはmTORC1の活性を急性的に阻害する化合物であり、mTORC1の機能を実験的に検証する際に用いられてきた。

mTORは単独では機能せず、複数のタンパク質と複合体(complex)を形成することで特定の機能を発揮する。栄養・運動との関係で重要なのは、2種類の複合体mTORC1とmTORC2の区別である。

mTORC1とmTORC2はどう違うか

mTORC1はRaptor(Regulatory-associated protein of mTOR)を固有の構成因子として含み、S6K1(Thr389)と4E-BP1をリン酸化することでmRNA翻訳を促進し、筋タンパク質合成の中心的なスイッチとして機能する。一方、mTORC2はRictor(Rapamycin-insensitive companion of mTOR)を固有の構成因子として含み、Akt(Ser473)・SGK1をリン酸化することで細胞生存シグナルおよび細胞骨格の組織化を担う。Saxton & Sabatini (2017) に基づく整理である。

両複合体の最も実用的な違いはラパマイシン感受性にある。mTORC1は急性のラパマイシン処理によって活性が抑制されるのに対し、mTORC2は急性処理ではほとんど影響を受けない。栄養・運動科学の文脈でmTORと呼ばれる場合、実質的にはmTORC1を指していることが多い。

mTOR・mLST8・Deptorは両複合体に共通して含まれる構成因子である。活性化刺激についても両複合体で違いがある。mTORC1はアミノ酸(とくにロイシン)・インスリン/成長因子・レジスタンス運動・エネルギー充足状態によって活性化されるのに対し、mTORC2は主に成長因子(PI3K/PIP3経由)とインスリンによって活性化される。

mTORC1とmTORC2の特徴比較(2026年6月時点)

項目mTORC1mTORC2
固有の構成因子Raptor、PRAS40Rictor、mSin1
共通の構成因子mTOR(触媒)、mLST8、Deptor同左
主な基質S6K1(Thr389)、4E-BP1Akt(Ser473)、SGK1
主な機能タンパク質合成促進、細胞成長、オートファジー抑制Akt活性化による細胞生存、細胞骨格組織化
主な活性化刺激アミノ酸(ロイシン等)、インスリン/成長因子、レジスタンス運動、エネルギー充足成長因子(PI3K経由)、インスリン
ラパマイシン感受性急性処理で感受性あり急性では比較的非感受性(慢性曝露では生じる場合もあり)
MPS文脈での役割中心的スイッチ間接的(Aktを介した細胞生存・長期的成長)

出典: Saxton & Sabatini (2017). Cell 168(6):960-976. DOI: 10.1016/j.cell.2017.02.004

mTORと筋タンパク質合成・ロイシンはどう関係するか

Drummond et al. (2009) は、ラパマイシン投与によってレジスタンス運動後早期(1〜2時間)の骨格筋タンパク質合成増加(約40%)が阻害されることをヒトで実証した(The Journal of Physiology 587(7):1535-1546)。運動後に約6倍へ増加したS6K1(mTORC1の主な基質)のThr421/Ser424リン酸化もラパマイシンで抑制されており、mTORC1がレジスタンス運動後早期のMPS上昇に関与する経路であることを示す知見である。

ロイシン(leucine)は、食事やプロテインに含まれるアミノ酸のなかでmTORC1の活性化に対して特に重要な役割を果たすことが報告されている。血中ロイシン濃度が上昇すると、筋細胞内のロイシンセンサー分子がロイシンを感知し、GATOR/RagGTPaseカスケードを介してmTORC1がリソソーム膜上でRhebと接触・活性化される経路が報告されている。Wolfson et al.(2016, Science 351(6268):43-48)はSestrin2をmTORC1経路のロイシンセンサーとして同定した(骨格筋では他のSestrinの関与も示唆されている)。

Norton et al. (2009) のラット試験では、食事中のロイシン含有量がmTOR・p70S6K・4E-BP1のピーク活性化を規定することが示されており、ロイシン含有量の高い食品(ホエイ等)でより高いピーク応答が観察された(The Journal of Nutrition 139(6):1103-1109)。ただしこれはラット試験であり、ヒトへの直接外挿には留保が必要である。

Moberg et al. (2016) は、トレーニング経験者8名を対象に、レジスタンス運動後のmTORC1シグナル(S6K1活性)がプラセボ条件 < ロイシン単体 < BCAA < EAA(必須アミノ酸)の順に高まることを報告した(American Journal of Physiology - Cell Physiology 310(11):C874-C884)。EAA摂取ではS6K1活性が安静時比で約9倍増加したとされる。小規模試験のため外挿には留保が必要だが、ロイシン単体でも応答はあるものの全必須アミノ酸の摂取がmTORC1活性化においてより大きな応答を示す可能性が示唆されている。

Churchward-Venne et al. (2012) は、サブ最適量のホエイ(6.25g)にロイシンを補充した条件を検討した(The Journal of Physiology 590(11):2751-2765)。運動後早期フェーズ(0〜3時間)では各群のMPS応答に有意な群間差はなかったが、後期フェーズ(3〜5時間)ではホエイ25g群(安静時比+184%)がロイシン補充群(+55%)より有意に高いMPS応答を示した。早期では同等でも後期で差が出るため、「ロイシン補充=タンパク質25gと同等」と単純化することはできない。なお、急性のmTORC1シグナルやMPSの上昇が長期的な筋量増加にどの程度直結するかは、介入期間や条件によって異なる結果も報告されている。

加齢・同化抵抗性とmTORはどう関わるか

Wall et al. (2015) のプール解析(若年35名・平均22歳、高齢40名・平均74歳)では、20gカゼイン摂取後に高齢者の食後MPSが若年者より16%低下することが示された(PLoS ONE 10(11):e0140903、P<0.01)。血漿アミノ酸濃度が同程度に上昇していても高齢者ではMPS応答が減弱しており、加齢によるmTORC1の応答性低下、いわゆる同化抵抗性(anabolic resistance)を示した知見である。

加齢にともないmTORC1シグナルの応答性が変化することが複数の研究で報告されている。Fry et al. (2011) は、レジスタンス運動後の骨格筋mTOR・S6K1のリン酸化増加が高齢者では若年者に比べて顕著に減弱することを示した(Skeletal Muscle 1:11)。Barclay et al. (2019) のレビューが引用するDrummond らの知見によれば、高齢者では運動後の4E-BP1リン酸化の増加が約1時間程度にとどまるのに対し、若年者では約6時間持続するとされている(Frontiers in Nutrition 6:146)。

Kumar et al. (2009) は、n=50(若年25名・平均24歳、高齢25名・平均70歳)において、レジスタンス運動強度(20〜90%1RM)に対するMPS応答の用量反応関係が高齢者で低下することを定量的に示した(The Journal of Physiology 587(1):211-217)。Francaux et al. (2016) は、高齢者でmTORC1の負の調節因子であるREDD1の発現が増加しており、これが同化感受性低下の一因となりうることを報告している(Nutrients 8(1):47)。

こうした加齢によるmTORC1の応答性低下は、同化抵抗性の分子機序の一つとして研究されている(炎症やインスリン感受性の低下など他の要因も関与するとされる)。詳細は同化抵抗性(Anabolic Resistance)とはを参照されたい。

よくある質問

Q: ロイシンはなぜmTORC1の活性化において重要とされるのか

ロイシン(leucine)は、必須アミノ酸のなかでmTORC1の活性化トリガーとして特異的な役割が観察されているアミノ酸である。Wolfson et al. (2016) が示したように、細胞内でSestrin2などのロイシンセンサー分子がロイシンを感知し、GATORカスケードを介してmTORC1をリソソーム膜上に誘導・活性化する経路が報告されている。ただし「ロイシン単体さえ摂ればMPSが最大化される」というわけではなく、Moberg et al. (2016) が示したように全必須アミノ酸(EAA)を摂取した場合に最も高いmTORC1応答が観察されている。ロイシンを含むタンパク質源の役割についてはロイシンとはも参照されたい。

Q: レジスタンス運動はmTORC1にどう影響するとされているのか

レジスタンス運動がmTORC1を活性化し、MPS増加と関連することが報告されている。Drummond et al. (2009) の研究では、ラパマイシンによってmTORC1を阻害すると、レジスタンス運動後のMPS増加が消失することがヒトで実証された。また運動とタンパク質摂取(アミノ酸・ロイシン補充)の組み合わせとmTORC1シグナルの増大との関連も複数の研究で観察されている。加齢によってmTORC1の運動への応答性が低下する点については、サルコペニアとはも参照されたい。

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参考文献

  • Saxton RA, Sabatini DM (2017). mTOR signaling in growth, metabolism, and disease. Cell, 168(6), 960-976. DOI: 10.1016/j.cell.2017.02.004

  • Wolfson RL, Chantranupong L, Saxton RA, Shen K, Scaria SM, Cantor JR, Sabatini DM (2016). Sestrin2 is a leucine sensor for the mTORC1 pathway. Science, 351(6268), 43-48. DOI: 10.1126/science.aab2674

  • Drummond MJ, Fry CS, Glynn EL, Dreyer HC, Dhanani S, Timmerman KL, Volpi E, Rasmussen BB (2009). Rapamycin administration in humans blocks the contraction-induced increase in skeletal muscle protein synthesis. The Journal of Physiology, 587(7), 1535-1546. DOI: 10.1113/jphysiol.2008.163816

  • Churchward-Venne TA, Breen L, Phillips SM et al. (2012). Supplementation of a suboptimal protein dose with leucine or essential amino acids: effects on myofibrillar protein synthesis at rest and following resistance exercise in men. The Journal of Physiology, 590(11), 2751-2765. DOI: 10.1113/jphysiol.2012.228833

  • Norton LE et al. (2009). The leucine content of a complete meal directs peak activation but not duration of skeletal muscle protein synthesis and mammalian target of rapamycin signaling in rats. The Journal of Nutrition, 139(6), 1103-1109. DOI: 10.3945/jn.108.103853

  • Moberg M, Apro W, Ekblom B, van Hall G, Holmberg HC, Blomstrand E (2016). Activation of mTORC1 by leucine is potentiated by branched-chain amino acids and even more so by essential amino acids following resistance exercise. American Journal of Physiology - Cell Physiology, 310(11), C874-C884. DOI: 10.1152/ajpcell.00374.2015

  • Kumar V, Selby A, Rankin D, Patel R, Atherton P, Hildebrandt W, Williams J, Smith K, Seynnes O, Hiscock N, Rennie MJ (2009). Age-related differences in the dose-response relationship of muscle protein synthesis to resistance exercise in young and old men. The Journal of Physiology, 587(1), 211-217. DOI: 10.1113/jphysiol.2008.164483

  • Fry CS, Drummond MJ, Glynn EL, Dickinson JM, Gundermann DM, Timmerman KL, Walker DK, Dhanani S, Volpi E, Rasmussen BB (2011). Aging impairs contraction-induced human skeletal muscle mTORC1 signaling and protein synthesis. Skeletal Muscle, 1:11. DOI: 10.1186/2044-5040-1-11

  • Francaux M, Demeulder B, Naslain D, Fortin R, Lutz O, Caty G, Deldicque L (2016). Aging reduces the activation of the mTORC1 pathway after resistance exercise and protein ingestion in human skeletal muscle. Nutrients, 8(1), 47. DOI: 10.3390/nu8010047

  • Barclay RD et al. (2019). The role of the IGF-1 signaling cascade in muscle protein synthesis and anabolic resistance in aging skeletal muscle. Frontiers in Nutrition, 6:146. DOI: 10.3389/fnut.2019.00146

  • Wall BT et al. (2015). Aging is accompanied by a blunted muscle protein synthetic response to protein ingestion. PLOS ONE, 10(11), e0140903. DOI: 10.1371/journal.pone.0140903